新しい形の食いしん坊たち


「ぼくはグルメです」

ドイツで日本食レストランを開店したいという人が最初に発したことば。
驚きました。
どのような開業を考えているのか教えてほしい,という質問に答えた結果ではあったのですが,それにしても,はじめまして,に続く最初のことばとしてびっくりしたわけです。
と同時に,食への多少のこだわりに終わらず,美食家と呼べるほどの人たちがとても多い(らしい)ことを再認識しました。

インターネットのサイトをなんとなくめくっていたとき,「ぼくらの親の世代はほんとうに料理が下手。通り一遍の味だし,メニューも少ない」といったような趣旨の文章に突き当たり。そういえばそうだなぁ,と思ったことを思い出しました。

chef w482h640書いていたのはフランス人だったのでフランスのことでしょう。
年齢は分かりませんが,20-30才代とすると1970-80年代に子供時代を過ごした世代です。

昔のフランスは知りませんが,60-70年代のフランスは,美食国家フランスの名声に恥じず料理界の先頭を走り,フランス人シェフの一挙一動に影響を受けた人たちは,世界中に数知れずいたことも間違いありません。

日本では,それまでは和食・中国料理以外の料理が「西洋料理」という感じで,十把一絡げの「その他の料理」だったような気もします。
野心的な調理師の多くは,質が高いと認識されていた和食界に行き,必然的に日本に留まっている風でした。

グルメというフランス語の広まりが示すように,徐々に日本人の味覚も島国から出始めた頃だったかもしれません。
そんなことはないよ,日本人は昔から美食家だよと思う人も多いかもしれませんが,この10年20年,西ヨーロッパや日本における「食の形」,そして「食の質」を定める前提条件は大きく変わっています。

食の分野に限らないでしょうが,決まった形や味に固執する保守性が強く影響しています。
ドイツでは,友人を通じて結構多くのドイツ人家庭を覗く機会に恵まれ,料理の話などもしましたが,ドイツ人家庭の普段の献立は極めてシンプル。主食となるパスタ,じゃがいも,米などに肉,それに茹でただけのようなひとつふたつの野菜を添えるだけ。もちろん,シンプルながらも立派な献立と言えるのですが,そのような献立が数日置きに延々と続く。

フランス人やドイツ人が身近にいたら,ぜひ一度尋ねてみてください。
親と一緒に住んでいたときにどのような食生活だったか,について。
また,女性,特に中年以上の奥さんだったら,いくつぐらいの献立メニューを作れるか。
特別な日に作ったり,客人に出せるような料理はおそらく最大でも5種類ぐらいでしょう。
日本人家庭ならば,少ないと思っても,改めて数え始めると2-30ぐらいは楽に行けるのではないでしょうか。
しかし,日本では献立は結構あっても,調理法,調理材料,味,盛り付けなどに関しては,昔の世代は,ヨーロッパ同様,とても保守的です。

一例にすぎませんが,モーニングサービスと呼ばれ始めた朝食がいたるところで出されていた時期がありました。どこのモーニングサービスも信じられないほど似たり寄ったり。すでにスライスされた市販の食パンよりも約1.5倍厚めに切ったトースト,キャベツの千切り,斜めに薄く切ったキュウリが2-3枚,後は卵を付けるか付けないか,コーヒーか紅茶かぐらいの違い。
そして,紅茶のレモンは13枚切るのが正統,などと真面目に主張する人までいました。

誰に決められたわけでもないのに,おそらく,日本全国何十万軒の喫茶店が似たようなモーニングサービスを提供していたのではないでしょうか。
誰かが始めた形がひとつ広まると,そこに留まり続け,いつのまにか条件に変わり,自由な変化はなし。次のトレンドまで長い年月が過ぎます。

ライスカレーのカレーライスへの変革も同じ。
素晴らしい日本のカレーが生まれ変わったにもかかわらず,しばらくするとまた,どこのカレー専門店も,味だけではなく出し方やソース入れまで同じ。福神漬けは必須とばかりに,いつも。
日本のカレーについて付け加えるならば,カレーになぜ,良質なバスマティ米を使用する店が全くないのか(少なくとも筆者は聞いたことがありません)不思議でなりません。
米でいえば,炒飯には中国の米のほうが適しているようが気がしますが,なぜか日本ではいつも日本米。

ある本に,TBSのカレーが推薦してあったので1-2度行ったことがありました。
長円形でなく,大きな丸い皿が印象的でした。おそらく,定番のカレーのソース入れも福神漬けもなかったと思います。もちろん,確かにほかのカレー屋とは異なる高級感がありました。

知名度の高かった帝国ホテルのカレーなど多少はあったのかもしれませんが,カレーを出している食堂は日本全国に何万とあるはずなのに,帝国ホテルやTBSのカレーが有名になるのは,逆にいえば,ほとんどのカレー調理人が,一旦広まった人気カレーに麻薬のごとくはまり込んだ結果とも云えます。

「食」や「食べ歩き」などの特集が組まれている雑誌類も積まれていたのに,驚異的な保守性です。

その点はフランスも同じ。コーヒーは,星のようにあるカフェやレストランでもエクスプレスかカフェクレームのみ。普通のコーヒーなどどこにもなかった。まさに日本のようなコーヒーやアメリカンコーヒーなどは外国人客が多い高級ホテルでないと出されなかったのではないでしょうか。
最初はうれしかったけれども,時期に普通のコーヒーもたまには飲みたい,と思うようになり,オランダで飲んだコーヒーに感激した記憶があります。

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レストランでの食事は前菜から始めるというしきたりに従わない人には,外国人の野蛮人という眼差しが注がれる。といいながら,一般のメニューはステーキ・フリッツばっかり。

屋台というかファーストフード的な軽食は,クレープとサンドイッチのみ。そのサンドイッチもほとんどはバゲットにロースハムかエマンタルチーズを挟んだだけ。

英国のような,パンは食パンに限られながらも,種類を選べ,中身も多種から選べるサンドイッチが羨ましいでした。

出世した(?)アメリカ在住の友人が世界で1万軒目(不確か)のマクドナルドをパリに開店するとのことで店長として来仏したことがありましたが,70年代初頭にはアメリカのファーストフードはフランスに1軒もなかったはずです。

そのように,国は違えど,極めて強かった食の保守性でしたが,近年は世代が変わったから新たな次の食の形が生まれた,というよりも,自称他称の美食家が多い新世代は,提供する側も食べる側も自由度にあふれている気がするのです。

そういう意味で,これからは,フランスでも日本でも新しいものがどんどん生まれてくるでしょう。

しかし,人間は不思議なもので,ときを経ると,遠い体験が懐かしさを超えて,高い質と美しさを備えて身体に染み付いていることに気づきます。

バゲットをラベルのない赤ワインで口に流し込みながら,スーパーのパンやチーズなんて食えるかい。ミシュランのレストランなんて招待されたって行く気はないよ,と言うフランス人は結構多い,と思っています。

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